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合気道稽古(11/18)4ヶ月目:2

先日の稽古も楽しかったー

 

・お話「心身活氣法」

 心身の健康について。

 私の意見だけど、病は気からっていうけど、病から気もあると思っていて。
 ほんとに、どちらかが歪むと、どっちもくずれる。

 さらに、だれかの歪みも、こちらに伝わってくる。

 上司の期限の悪さや、上司同士の言い合いを聞いて
 体調悪くなりそうになるときもある。

 心身の健康・不調は周りの人も含めて大事。。。。

 

相手の手をひく稽古では、人によっては、手の引っ張るタイミングとか「うまいね!」と言ってくれるけど、どうなんだろう!

 

日々精進!

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人見知りでも生きてていいよね?

 

 

この疑問に3ヶ月に一回ぶちあたる。

 

昔から人見知りだった。

 

でも、幸いにいじめられたりとかはしてこなかった。

なんとか一人暮らしもしている。ほんとに周りの方に感謝です。

 

同じ環境に慣れて、人とも打ち解けてくると、自分が人見知りであることを忘れてくる。
でも、ふとしたきっかけで、やっぱり治ってないんだなって思い出す。

 

 

昔から、思いつく努力はしてきた。
声を大きくだそうとして発声練習したり、話題を先に考えてたり、自己啓発みたいな本読んだり、
話し方の本読んだり、相手の目をみるようにしたり、まず話をしっかりきこうとたり。

ちょっとズレてるのもあるけど(笑)、それが全く無駄ではなかったと思う。

明らかに昔よりは、初対面の人と話せるようになったり、
飲み会も少しは楽しめるようになった(当社比w)。

 

でもね、でもね!

めっっっちゃ疲れる!!!

そしてこれにかける努力の効率の悪さね。

 

そんなこんなで、お願いだから、努力不足とかいってせめないで。
努力不足って、何にでもいえるよそりゃ。
でもさ、誰にでもさ「またここでつまづくのか」ってのあるじゃん! 
それをさ、「努力不足」って罵るのは簡単だけどさ、もうつらいよ。

 

そんな落ち込む中、激しい同感しかしなかった本。
若林正恭 『完全版 社会人大学人見知り学部 卒業見込 』(角川文庫) 

 

p.79 

「自分を変える本」を読んだ後は、意識しているからか三日ぐらいはその形になるが、日常に晒され続けるとすぐ元の自分の形に戻る。

 性格とは形状記憶合金のようなもので元々の形は変わらない。それに気付いたことが「自分を変える」本を読んだぼくの収穫だった。

 

 これほんと!!! 思う。
昔から、「またこのパターンか」って自分で嫌になる。
新しい環境でいっつも人見知りでつまづいて、
笑顔作ろうとか、しゃべろうとか意識して頑張って、
一時良い感じなっても、疲れて元にもどって。何十回と繰り返し。

これもう、これに関する努力してもだめやんって。。。

(で、思い切って自分あう仕事とかしっかり考えりゃいいのに、
 なぜか人もみしりむかない仕事ついちゃうし(−_−#))

 

私の経歴みると、やたら活発に行動してるから、人みしりとは思われなくて、
面接だけとりつくろえるから、雇われてからミスマッチっていうのは多いww

でも!

人見知りなりのやり方あるのよ!!

うまいこと話せないから、必死に相手のこと考えるし、
口車にのせて騙すなんてできません!

別に人が嫌いな訳じゃないし。まあ、新しい環境は苦手だけど、
新しいもの見たり・聞いたりするのは大好きなんだよな!

でも、今の世の中は、人見知り(内向的)人間を悪いものとして捉えるからね、残念ながら。
緊張して、声詰まって、急に変な話題だしても、
興味もってるんだよごめんね!!!

 

 

これからも、まあ悩みながらぼちぼちやります……。

                f:id:sakiika2:20181114231744j:plain

 

 

 

 

 

合気道稽古(11/11)4ヶ月目

 

内田樹氏の影響で合気道を始めたことを、
違う場所に書いていましたが、せっかくなのでここにも日々のことを
書こうかと思います。

 

合気道は、私は週に一回、15名ほどの生徒さんと共に習っています。
年齢性別関係なくできるのが合気道の魅力の一つ!

 

毎回、体操から、先生のお話、全体稽古、各級・段の方に別れての稽古
といった風に約1時間半練習しております。

 

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

 

合気道のおもしろいところは(どの武道・運動もそうかと思いますが)
自分の今の気持ちや性格が大きく動きに現れること。

今日は特に仕事での悩みで、色々うまく動かしたいのに、なかなかすすまないし、
そんなにすぐにどうにかなることでもないという(抽象的……)
でも悩んでる時は、今すぐでも助けが欲しい。余裕のある人と時間感覚ずれてくる。
ただ苦しさがいつまでも続く気がしてって感じでぐるぐる考えておりました。

脱線しましたが……

今日の先生のお話は、

「自然呼吸法」

瞑想に近いものかもしれない。
内田樹も、『修行論』(2013)光文社新書 で、
瞑想について書いてある箇所(p118-)に、
「他者との同期」との記載があり、納得した覚えがあります。

他人だけでなく、自然現象や機械の作動すらとも一体となることで、
自分の見に何がおきるか、何が起きようとしているか、センサーの感度を高める。意識の主体を、今この場所にいる自分から、俯瞰的にみることで、自分が何をすべきか考えることができる(!)
瞑想は慣れるまで結構続けるの難しいですが、頑張ってやっていこうと思います。

私は職場でいっぱいいっぱいになって時に呼吸かなり浅くなっていたりすることもあるので、呼吸を落ち着けることで、いったん落ち着きたいなとしみじみ……。

ーーー

今日の稽古でも、相手の力の動きなどうまく捉えられず、
「せっかちになってる」と言われました。
合気道では、相手も自分と一体のように捉えないと、力の流れがぶつかってしまいます。その状態で相手も力んだ状態となって、手をスムーズにひっぱれず技がかかりません。

相手と自分とで一つ車輪のように意識し、気の流れをつかむと、
さっと手を引くことができます。

(これがなかなかむずかしい^^;)

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最近朝が辛すぎるけど、引きこもってるよりは大分良いので、
稽古がんばろう。

転職して三ヶ月だけど休職してる

 

 

わざわざ遠方から転居して転職したのに、

このザマ

 

いやーーー

もう働かないと分からないよねーーー

転職活動は慎重にっていうけどさ、ある程度現職に不満ある時に

活動するから、受かったらとにかく嬉しいしいい所しかみえないし💢

もう頭ごちゃごちゃになって、気づいたらメンタルクリニック予約して診断書もらってました。

 

試用期間でやめそう。ゆとり世代とか言われてさらに転職しづらいんだろうけど。。。。

 

てか現職は、めちゃくちゃブラックとかじゃないのにね、
合わないって残酷。自分がどこでもやってけない気がして泣きたい。

だからといって、続けて自分がなに考えてるか分からなくなって

死にそうになるのも嫌。どん詰まり。

転居してるから、知り合いにも頼りづらいしね……しね。

 

かなり不謹慎だけど、
また地震にあって、こんどは大きめにであって、全部が崩れてしまえば

どさくさに紛れてしまえるのにって思う自分最悪だよ……。

 

 

はあ。

普通に頑張って仕事してる人みるたび泣きたい。

休職してるから、外でたりとかテレビ見て笑ってることにすら罪悪感感じる。

職場の人悪くないのに困らせてしまっている。

『モネ それからの100年』展 感想 MONET

 

横浜美術館行ってきました!

 

話題のモネ展

 

横浜美術館の展示をみていると、ちゃんと展示考えてるんだなと

感じて嬉しくなります(誰目線)。

 

タイトルだけみてると、

「よくあるモネの作品数点と、同じ時代の作品が混ぜてあるやつかー」って

思うでしょう?違うんですよね。

 

ただ「あのモネ」っていう知名度だけで攻めてる展示じゃないんです。

 

モネの作品は25点で、

なんと他の作家は26人で66点!

 

しかも、現代アーティストもかなりの割合入っています。

 

このモネ展は、モネに影響を受けた作家、

モネに影響を受けているようにみえる作家を集めて展示しています。

 

しかも、絵画のみでなく、版画やアニメーションなどもあります。

モネという一つの点が共通項にあるだけで、作家の年代・表現形態は関係ないのがおもしろいところ!

 

 

ただモネの作品見に来た人が、

現代アートにはまるきっかけになるかも!

 

モネの特徴を、現代アートの作品と比べることで再認識することも可能です。

 

 

さらに面白かったのが、

「コレクション展」

つまり横浜美術館が持っている(収蔵している)作品での展示。

モネの活躍した時代の日本の作品などが展示してあったんですが、
日本はその頃明治時代。

高橋由一が、海外で使用されていた油絵を日本で使用したように、

海外の美術の影響を大きく受けるようになった時代です。

ほんとに同じ時代でこんなに描くもの違うのかっていう発見がありました。

 

ちょっと後半になると、白髪一雄の作品も。
天井から吊るした縄に捕まって、足で絵を描いたことで有名ですよね。
そのストロークと、モネの筆触なんて比べようと思ったことなかった!笑

 

森村安泰昌さんの11年ぶり公開の4連作品《神とのたわむれ》(1991)は、

原画《キリストの磔刑》(1503)の縦140cmの面積6倍(つまり縦は何倍なんだろ←)

 ってことで、迫力あって、磔刑されてるのが人形におきかえられてるものなどで、

奇妙な空間が目の前に広がって(4面だから)不気味だった……。

 

━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-━

ちなみに

筆触分割とは?
昔何かの本で読んだのだけども・・・。

 

絵の具で原色である、

を混ぜると、黒になるんですよね。他の色を混ぜたら暗くなる。

 

じゃあ、明るさを保ったままで、色をまぜたい!!
ってなった時に、でてきます!!筆触分割

 

たしか人間の目のしくみで、可能になってることなんですが、

 

たとえば、

って、近くでみたらバラバラですが、

少し遠くからみると、明るさをたもったまま色が混ざって見えるんです。

 

だから、モネ作品を「雑だなあ」って思った時は、
ちょっと離れたところから見てみてください(モネ展は混んでるから難しいかな)。

ぼんやりと、ちょとずつ、景色が浮かんできます。

 

ただ雑に描いてるわけじゃないんですね!笑

 

- - - - - - -

あと、私がモネの作品で衝撃を受けたのが、

《死の床のカミーユ》Camille Monet sur son lit de mort(1879)

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なくなる妻(なんと32歳で)のことを描いており、
この制作年と亡くなった歳は同じようです。
病気になった妻のことも、描かずにはいられない、まさに画家の業ですね。

私はこの作品を見た時、羽に包まれている天使のような印象を受けました。

一方で、吹雪の中で人の顔が見えるけれども、周りの白・薄い青と色が同じで、
消えてしまいそう、でもどこか幸せそうな安らかな表情にも見えます。

画面真ん中に、かすかにオレンジ色?が見えるのが、心臓の温かみを表しいるようにも思えました。

顔しゅうへんは、薄い色がなんども塗りかさねられているようですが、

一方右下は、キャンバスの地?が見えているようですね。

そこに部分にサインがあり、サインの最後がハートになってるようにも見えます。

これは、筆触分割とか関係なく、ただ妻の姿を留めておきたいと、一心不乱に描いたのかもしれまん。

 

 

クロード・モネ-死の床のカミーユ・モネ-(画像・壁紙)

 

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話がそれましたが、

横浜美術館『モネ それからの100年』展

よかったです。

 

ぜひぜひ。

 

 

【感想】上野スタディーズ2018 第1回「芸術実践と人間の権利-アートの現場における〈対話〉と〈合意〉について考える」

暑いけどどうにか行ってきたトークイベント!

面白かったー

 

2018/7/29

上野スタディーズ2018 第1回「芸術実践と人間の権利-アートの現場における〈対話〉と〈合意〉について考える」

 

@黒田記念館1Fセミナー室

 

・第1部レクチャー(講師:山田創平)

・第2部ラウンドテーブル(ゲスト:岡部友彦、和田昌宏、山田創平/モデレーター:住友文彦)

 

 

山田創平さんのレクチャー

 論点として、差別的表現(ヘイトスピーチ等)が行われることで、それを受けた人が精神的苦痛をうけ自殺してしまうなどの犯罪(ヘイトクライム)が挙げられた。有名な事例として、同性愛者であることを理由に21歳の若さで殺害されたマシュー・シェパード、同性愛者が「異常動物」をtwitterでつぶやいた鶴指眞澄川崎市議等がある。

 さらに、関西の京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA(アクア)で、作品の一環でデリヘル嬢を呼ぶという計画が持ち上がったことが物議を醸し出したことは記憶に新しい。詳細にコンセプトがつめられていたわけでも、デリヘル嬢の人権について考えていたわけでもないという。実現には至らなかったもの、アート作品により軽率に一人の人権が侵害される危険性が十分にあった。

 山田さんは「人を殺す表現 – 表現の自由はあるのか? 」という問いをたて、「人命は、表現の自由より大事なのではないか」と意見を述べていた。

 

 でもまず前提として「マイノリティとは誰なのか? 」

 近代日本では、国民国家で資本主義であり、労働者が働き、その利益の多くを資本家が搾取している。妻は家で無賃労働を行い、子供は新たな労働力予備軍という位置づけとなっている。つまり、異性愛により子供が生まれるということが、暗黙の前提となっている。

 現在は、新自由主義が主流となってきており、公的機関の民営化や規制緩和が行われ、政府は市場での自由競争を推し進めている。民間に委ねられる範囲が増えたことにより、今まで経済的に困窮していた人も、お金を儲け、マイノリティから脱却することが機会が得られた。一方で、それは別のマイノリティを生むことになった。

 

※上記は、山田さんの話を私の独断と偏見で一部をまとめたもの。「」内はパワーポイント文そのままです

 

 山田創平さんの話は本当にマイノリティの問題も、事例を交えてかなりわかりやすく説明してくださってありがたい。

 参加型のアート作品が芸術祭などで多くみられる中で、場合によって作品の一部と化す鑑賞者(参加者)の権利問題を考えるべき機運が訪れている。アートとなると、なんか自由みたいなイメージがあるけれども、自由というのは、何も考えずにおもいついたことをやることではなく、何が不自由であるかを熟知した者のみに与えられるものだと思う。

 

 デリヘル嬢の事件をみていると、なんか中学生の男子を思い出した。特定の人物をみんなで晒しあげて、笑っている感じ。その人がその一瞬だけでなく、その先何十年も受けるであろう苦痛があることなど、彼らは想像できないのか。もしくは、同調しないといけない雰囲気があるのか。

 個人的には、アート作品は、マイノリティの人の声を多様な人に届けるきっかけになたり、マイノリティの人を見つけるきかっけになると思っている。そのアートが、逆にマイノリティを晒しあげ、もしくはマイノリティを生み出すという自体は私は許せない。自由なのは、作家でも作品でもない、鑑賞者であるべきではないか?

 

 また、最近話題となった自民党杉田衆議院議員の寄稿。「同性カップルは生産性がない」そこに税金を投入することを疑問視するものだったという。

 ほんとに今のご時世こんなこというのが、国の議員をやってることがおそろしい。。。同性カップルが税金払ってないわけでもないのに、税金を使わないって。。

それって、「うちは火事にならないから、消防に税金使わないで!! 」って言ってるようなもの。自分にとって価値のないものを全部とりやめてしまうって、議員としておかしいでしょう、国民の代表でしょうが、自分の狭い視野だけで国家予算決めないで。

 文化予算も、すぐに切り捨ての対象となる。「美術館にいかないから」「生き死にの問題に関わらないでしょう」って。 でも衣食住足りてても(実際足りてるかは不明だけど)、3万人が自殺してるんだから、もう効率ばっかりで考えてもうまくいかないってわかってほしい。

 

 私は異性愛者であるという点では、マイノリティではないけど、

職業的にであったり、ある視点ではマイノリティに属する。

さらに、今後例えば事故にあったり、年老いたりするなどして、より多くのマイノリティに属する可能性がある。だれしもがそうかと思う。だからみんな助け合おうってことじゃないけど、ある程度そういう想像力をもって、日々過ごしたいと痛感しました。

 

内田樹『疲れすぎて眠れぬ夜のために』(2005)角川文庫

 

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内田樹の本は結構読んでるけど、
その中でも、めずらしくまとまりのない一冊です←
 
斜めの字が引用(カッコ内はそのまま引用、カッコ外は本文参考にして筆者記述)
☆が、私の意見です。
 
p22
「不愉快な人間関係に耐えることはよいことだ」という思い込み
 
p.150
人間というのは、〜(略)〜
ネガティブな条件づけをされているときに、それをどう突破するか創意工夫をこらすことを通じて例外的な
創造性を発揮する
 
 
p160-162
「ある著者の「愛読書」というのは、その人の「新しい話」を読みたくて本を買うわけじゃない。
むしろ「同じ話」を読みたくて買う」
「トピックは違っても、切り口はいつもと同じ」
 

☆悪い意味で、「同じようなものばっかつくる」と思ってたが逆なのかもしれない。
 自分も、特定の作家の本を読みたいって時は、たしかにその作家がいつも書いてるようなことを読めることを期待しているなあと、しみじみ思った。

 

 
p180
 「「品」というのは、要するに、「らしさ」の内側にあえて踏みとどまる節度のこと」
 「自分のありのままをむき出しにするという作法は、その人にどれほどの才能があろうと能力があろうと、
「はしたない」ふるまいです。
 

☆これほんとわかるけど難しい・・・。受け取る相手によっても、「品」の感覚ちがってくるから、
相手をみる力と、その上での振る舞いを常に考えていかねばならないのかも。。。

 

p216
 レヴィ=ストロースによれば、ほんらい親族の基本構造は四項関係」
 子供、両親とその兄弟(子供が女→父の姉妹、男→母の兄弟)
 親の代の水準に自分と同性の大人が二人必要
 
p222-23
 核家族というのは、家の中に「他人」がいない場です」
 全てがプライベート空間
 メンバーの私的空間を尊重するという気遣いの持ちようがない
 
☆家がパブリックという感覚があんまりない。
 といのも、一人暮らしの増加(ワンルーム)やオートロックのマンションの増加で、
 他人がいるという意識が薄らいでると思う。
 たしかに、祖母の大きな家では、昔夏休みや葬式がある時に親戚や近所の人が集まって、大広間や庭がパブリックな空間であった。正直それが、居心地が悪く感じられることも多くあった。
 しかし、当時普段暮らしていた借家の一軒家では、母と2人で暮らしている時期があった。
 その際には、帰宅しても一人でいることが多く、寂しさから、ただテレビをぼーっとみていた時間が多かった気がする。
 一人の寂しさを紛らわすには、とにかく何か夢中で時間を過ごせることを探していたのであった。
 そういう時に、もし誰か他者がいれば、ある程度の視線を気にして、勉強するなどしていたかも(?)
 
 余談
 私は、両親ともに兄弟・姉妹がいたが、転勤族で親戚が多く住む地域から離れたところにずっと住んでいた。
 また、ずっと賃貸ということもあり、長い近所付きあいがなく、そういう誰かが
 家にいるっていうのは、あまりなかった(私が友達少ないのがいけないけどw)。
 あと私は親戚とあまりうまく付き合えないというか、いとことも微妙に世代違ったりで、あっても気まずい…。
 
 
 
 p233
「ほんとうに人を愛していたら、殴れない」
 

 ☆なんか最近、漫画で、「暴力的な性癖があるけどそれも愛」みたいなの多くない!?!?
  なぐってるけど好きだから的なのっておかしくない??

  でも、もしかすると、「好きです!(キラキラ)」っていうよりも、その方が信用できたりするのかな・・!?

  ライオンが子供を崖から突き落とす的な話は聞くけど、私たち人間ですからね。。逃げようよ。

  

 最近思うけど、相手を思うって、自分の感情を拳にのせて← 相手にぶつけるっていうのではなく、

 私の場合だと、自分が読んだ本とかアニメとかで、

 「これあの子好きそうだな」とか、「最近あの人こういう感じだから、これ役に立つかな?」、

 でも、いやだったらどうしよう・・みたいな、なんか自分の身も削る(?)思いだけど、

 基本的に相手に無理なく寄り添いたいっていう思いなのでは?と。

 
 
ー ー ー ー ー ー ー