あーとブログ

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【感想】上野スタディーズ2018 第1回「芸術実践と人間の権利-アートの現場における〈対話〉と〈合意〉について考える」

暑いけどどうにか行ってきたトークイベント!

面白かったー

 

2018/7/29

上野スタディーズ2018 第1回「芸術実践と人間の権利-アートの現場における〈対話〉と〈合意〉について考える」

 

@黒田記念館1Fセミナー室

 

・第1部レクチャー(講師:山田創平)

・第2部ラウンドテーブル(ゲスト:岡部友彦、和田昌宏、山田創平/モデレーター:住友文彦)

 

 

山田創平さんのレクチャー

 論点として、差別的表現(ヘイトスピーチ等)が行われることで、それを受けた人が精神的苦痛をうけ自殺してしまうなどの犯罪(ヘイトクライム)が挙げられた。有名な事例として、同性愛者であることを理由に21歳の若さで殺害されたマシュー・シェパード、同性愛者が「異常動物」をtwitterでつぶやいた鶴指眞澄川崎市議等がある。

 さらに、関西の京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA(アクア)で、作品の一環でデリヘル嬢を呼ぶという計画が持ち上がったことが物議を醸し出したことは記憶に新しい。詳細にコンセプトがつめられていたわけでも、デリヘル嬢の人権について考えていたわけでもないという。実現には至らなかったもの、アート作品により軽率に一人の人権が侵害される危険性が十分にあった。

 山田さんは「人を殺す表現 – 表現の自由はあるのか? 」という問いをたて、「人命は、表現の自由より大事なのではないか」と意見を述べていた。

 

 でもまず前提として「マイノリティとは誰なのか? 」

 近代日本では、国民国家で資本主義であり、労働者が働き、その利益の多くを資本家が搾取している。妻は家で無賃労働を行い、子供は新たな労働力予備軍という位置づけとなっている。つまり、異性愛により子供が生まれるということが、暗黙の前提となっている。

 現在は、新自由主義が主流となってきており、公的機関の民営化や規制緩和が行われ、政府は市場での自由競争を推し進めている。民間に委ねられる範囲が増えたことにより、今まで経済的に困窮していた人も、お金を儲け、マイノリティから脱却することが機会が得られた。一方で、それは別のマイノリティを生むことになった。

 

※上記は、山田さんの話を私の独断と偏見で一部をまとめたもの。「」内はパワーポイント文そのままです

 

 山田創平さんの話は本当にマイノリティの問題も、事例を交えてかなりわかりやすく説明してくださってありがたい。

 参加型のアート作品が芸術祭などで多くみられる中で、場合によって作品の一部と化す鑑賞者(参加者)の権利問題を考えるべき機運が訪れている。アートとなると、なんか自由みたいなイメージがあるけれども、自由というのは、何も考えずにおもいついたことをやることではなく、何が不自由であるかを熟知した者のみに与えられるものだと思う。

 

 デリヘル嬢の事件をみていると、なんか中学生の男子を思い出した。特定の人物をみんなで晒しあげて、笑っている感じ。その人がその一瞬だけでなく、その先何十年も受けるであろう苦痛があることなど、彼らは想像できないのか。もしくは、同調しないといけない雰囲気があるのか。

 個人的には、アート作品は、マイノリティの人の声を多様な人に届けるきっかけになたり、マイノリティの人を見つけるきかっけになると思っている。そのアートが、逆にマイノリティを晒しあげ、もしくはマイノリティを生み出すという自体は私は許せない。自由なのは、作家でも作品でもない、鑑賞者であるべきではないか?

 

 また、最近話題となった自民党杉田衆議院議員の寄稿。「同性カップルは生産性がない」そこに税金を投入することを疑問視するものだったという。

 ほんとに今のご時世こんなこというのが、国の議員をやってることがおそろしい。。。同性カップルが税金払ってないわけでもないのに、税金を使わないって。。

それって、「うちは火事にならないから、消防に税金使わないで!! 」って言ってるようなもの。自分にとって価値のないものを全部とりやめてしまうって、議員としておかしいでしょう、国民の代表でしょうが、自分の狭い視野だけで国家予算決めないで。

 文化予算も、すぐに切り捨ての対象となる。「美術館にいかないから」「生き死にの問題に関わらないでしょう」って。 でも衣食住足りてても(実際足りてるかは不明だけど)、3万人が自殺してるんだから、もう効率ばっかりで考えてもうまくいかないってわかってほしい。

 

 私は異性愛者であるという点では、マイノリティではないけど、

職業的にであったり、ある視点ではマイノリティに属する。

さらに、今後例えば事故にあったり、年老いたりするなどして、より多くのマイノリティに属する可能性がある。だれしもがそうかと思う。だからみんな助け合おうってことじゃないけど、ある程度そういう想像力をもって、日々過ごしたいと痛感しました。